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生き残るための鍵は『地味な変人』酒井教授×「短パンと帽子で就活した男」

2017/11/30 20:14 公開
profileしんたに

「京大らしい教授」酒井教授と「京大らしい京大生」梶本さんの豪華対談!大学教育のあり方から、人生論に至るまで。二人の掛け合いは必見です!京大生への熱いメッセージも。

■プロフィール

【酒井敏】
総人地球科学系教授。過去記事「京大生よ変人たれ」で一世を風靡。研究に必要なものは、ほとんどすべて自分で作る Do It Yourself 研究者。京大変人講座を主宰。

「変人であるべき、ってここまで力強く言う人初めて見ましたよ…ニコニコした表情から繰り出される振り切れたコメントがヤバいです」
【梶本雄一朗】
総人4回生。東南アジア周遊、キャンピングカーアメリカ横断、インドでの詐欺被害など多様な経験を持つ旅人系京大生。2017年9月に解散したカンボジア学校建設プロジェクトPumpit 3rd元代表で、カンボジアの病院に3回入院するという異例の実績を持つ。

「サンロクマルにもなんども登場してくれていますが、こんな気持ちのいい変人なかなかいません。エネルギーがヤバい。なんかこっちまで変なことしたくなってくるので本当にヤバいです。」

この二人が対談する…って一体どうなるんだ…

「よし地球壊そう!」とか言い出しそう…
とにかく始まります!!


みんな人の目を気にしすぎている


梶本:最近僕の周りでも、人の目を気にしてほんとにやりたいことをやれないって人が増えている。昔より増えてるんですかね。

酒井:増えてると思う、そこがすごく気になるんだよね。だから、君みたいなのがいると安心する。全てがOKとは言わないけど(笑)

梶本:どうやったら人の目を気にしなくなるんだろうっていうのに興味があって。生きづらそうにしてる人が結構多い。どうしたらみんなが自分がほんとに生きたい生き方ができるようになるんだろうって。

親とか友達からどう思われるかが怖いって言ってる。生きづらくて、それから抜け出したいけど抜け出せないみたいな。

酒井:そんなん考えたら生きづらいと思うけど、現実的にそうなってしまってるよね。今まで僕が見てきた学生とはやっぱり違うなと。基本的に昔は、好き勝手せいと言ったらほんとに好き勝手やってた。問題起こったときだけ相談してと言っていて、問題が起こるまで僕は見てるだけ。

けど今の学生は動かないから、そうするとこっちはどうしたらいいのって。ムチを入れるわけにもいかないし。

梶本:ほんとに動いていいってことを知らないのかもしれないですね。

酒井:動きたいっていうか、動いたことがないんじゃないか。子供の頃はだめって言われたらかえってやりたくなる。これ開けちゃだめって言われたら、気になって開けたくなる。そういうことをほんとにしたことがないんじゃないかな。それを受け入れちゃってるんじゃないかという気がする。

僕が京大に入ったときも、自分が世間のレールに乗ってたんだということを思い知らされた部分があった。それなしでほんとにできるのかっていうことはだいぶ考えたし、京大にはそういう枠がなかった。むしろ怖いくらいだったけど、やってるうちに、わりと適当でいけるんちゃうっていう妙な自信がついてきた。その日の気分で予定を変えても意外となんとかなるっていう自信。その自信をつけるのに2年くらいかかった。自分の気分に従えるというのは、ちょっと訓練しないとできない

放任ではなく、「放牧」


酒井:京大に入って嬉しかったのは、自分で決めさせてくれること。失敗することもあるけど。自分で決めるのは怖いけど、一方で言われてやるのは嫌だというのがあった。昔の京大生はその感覚が強くて、こうしろと言われたら反対のことをやる。だから、あえて勝手にしろよというのが京大だった。

二代前の尾池総長が「京大は放任主義と言われますが、放任ではございません。放牧でございます」と言った。全く見てないわけではない。ほったらかしているように見せてるけど、死なない程度の餌はまいてあるし、危ない所には柵を置いている。壊れてるかもしれないけど(笑)

餌はまくけど食うか食わないかは学生次第。教員側からすると、食えと言いたいところを我慢している。面倒みてもらえてると思われたらこっちの負け。だからほったらかされたとあえて思わせている。ほっとかれてるって思わないと、自分でやろうという気にならない。手をかけられてると思うといつまでも頼ってしまうから。誰も何も言わないけど大丈夫かなと思いつつ、しょうがないなってやり始めて、それなりに自分でやれるようになっていく

梶本:その中で食うのが怖い人が多いんでしょうね。「やってみる」って人がいない。文句は言うんだけど。

例えば就活するときに、今の就活はみんなスーツ着てて気持ち悪いって言う割に自分はスーツ着る、みたいな。僕は本選考のほとんどを、帽子被ってTシャツ短パンで行ってたけど、全然大丈夫だった。むしろ注目を浴びるし、第一印象も堂々としていてよかったと言われることがあったり。正直、やってみないと何もわからない


スーツもみんながそう思ってるからそうなだけで、ルールとしてスーツで来いとはどこにも書いてなくて。どこまでがデッドラインかっていうのは試さないとわからない

事実っていうものをみんなどうやって集めているんだろうっていうのが気になっていて。みんな二次情報でこれが事実だって思い込んでるけど、実際自分でやってみて反応を見てみないと事実なんて何もわからない。自分が事実って思うものの線引きが曖昧な人がめっちゃ多い気がする。

酒井:自分の体験として自分でちゃんと確認するという意識が、今の学生にはかなり欠如しているように思う。就活の例もそうで、スーツ着てたらとりあえず安全だと。今度はスーツも黒じゃないとだめ、そういうことを言い出すとどんどん細かくなっていく。みんな安全が安全がって言い始めると、にっちもさっちもいかなくなる。君みたいに、いや大丈夫じゃんって行動を起こせる人がいないと変わっていかない。イノベーションってこういうところから起こるわけで。今安全なやり方がこれから先ずっと安全とは限らないから、それについていかないといけない。ついていくためには自分で危ないかどうかを判断していく能力が必要

日本式教育とアメリカ式教育


酒井:そういう能力を身につけるのが日本の大学の本来の位置付けだと思う。小中高でそれなりの知識をつけた上で、自由にいろいろやってみる。だから、子どもじみたことやあほなことも許容する。

今、日本の大学改革はアメリカみたいなことをやろうとしてるけど、アメリカはやり方が真逆なんだよね。知識を学ぶのは後でいい。大学入ったときに、サインコサインを知らないことも普通かもしれない。その代わり先に、お前はどうしたいんだというのをしっかり考えさせる。そこでモチベーションをもった人が大学に入って過去の知識を貪るから、大学での伸びがすごい。

僕は知識を学ぶ後先はどっちでもいいと思う。日本式でやることのメリットは、大学まで行かなかったとしても、人間社会で行きてくために必要な道具は使えるようになってるということ。こんなに優秀な店員がコンビニで働いてる国は他にない(笑)

アメリカ式を大学だけ持ってきてもだめで、変えるなら小学校から変えないといけない。大学だけ持ってくると、道具の使い方だけで教わっておしまいになってしまって、それは危険。絶滅への道をひたすら歩んでいるとしか言いようがない。

梶本:僕は日本式の方が好きですね。高校までは、敷かれたレールに乗ってきただけ、言われたことをやってきただけで、大学に入ってこのまま人生終わっていいのかという恐怖に気づくわけで、だからこそ深く内省した。そのショックが、自分を突き動かしたと思う。

梶本さんの人生を変えた出会いは、初海外だった旅人育成企画「タビイク」。

教育現場としての大学の役割


酒井:インターネット時代に入って、大学の役割は随分変わってきている。知識そのものは簡単に手に入るから、知識を教えるという機能を大学に求めたら、大学はいらなくなってしまう

むしろその知識をどうやって得たかとか、それを使って何するかとか、生身の人間がいるということに価値がある

昔わからなかったことが、なぜわかるようになったかというのは、将来すごく参考になる。30年後君たちは僕らの知らないことをなんとかしないといけないわけで、そのときどうするのってなったときに、過去の人がどうしてきたかを材料に考えていくしかない。それは辞書に載っていなくて、むしろ自分たちで辞書を作らなきゃいけない。その辞書の作り方こそ重要なんだけど、残念ながら作り方は教科書にならない。大学はその作り方を実際に見る場所でもある。

生身の人間がいるということに意味がある、という位置付けにしないと、大学の存在意義はなくなっちゃう。講義ははっきり言ってなくなってもいいと思ってる。それよりもディスカッションに重点を置くべき。

梶本:今までビジネス的なことをしてきた中で、ミーティングでは目標に対して何が最適かを議論してきた。きっと社会に出たら、そんな風に目標や利益を追求するための議論しかなくて、環境問題ってどうなんだろうとか、答えのないものに対して、自分の意見を主張したり、相手に意見したりする議論の場はないんじゃないかと。その議論ができる最後の場が大学なんじゃないかと思う。

Pumpit3rd、カンボジアでの学校建設の様子。


でも、そういうディスカッションができる授業はまだまだ少ない。先生側からしても、一対大勢で、毎年同じ授業をして同じことを喋っても、新しい発見がないしつまらないじゃないですか。ディスカッションしてたら、今の学生ってこういう風に思ってるんだとか、それは今までなかった視点だなとか、新しい発見があると思う。

学生も先生もそっちを望んでいるし、やろうと思ったらできるはずなのに、なぜ変わらないのか。そういう変革を起こそうと思った時に、何が邪魔しているんですかね。

ルールとは「近似解」である


酒井:決まりを守らなきゃいけないという発想が、一番のネックだと思う。例えば授業を15回やらなきゃいけないというのは、明治時代くらいに決められたこと。その頃は教科書がなかなか手に入れられなくて、授業の時間は、先生が板書するのを一生懸命ノートに書き写す時間だった。その時間で理解できるはずがないから、家に帰ったらノートを読み返して同じ時間勉強するというのが前提になっていた。その場で先生が言うことがすごく貴重だったから、みんな集まって先生が言うことを一生懸命聞いて書くわけ。

僕が学生だった40年前から既に、いまさらノートなんていらないじゃんと思ってた(笑)それが40年続いている。こうしなければならないっていうのに今も締め付けられている。もう時代は変わったんだから、0から考えませんかと。そうならない限りは何も変わらない。

梶本:その歴史面白いですね。今世の中で起きていることを考えるときに、歴史をちゃんと紐解いていくの、めっちゃ大事だと思います。

大学生の夢、キャンピングカーでアメリカ横断。なんと一緒に行ったメンバーはほとんど初めましてだったそう。


酒井:僕はルールというのは基本的に近似解だと思っている。15回授業を受けてえらくなる保証はないけど、目安として15回授業を受けたら認定しますというルールを作った。あくまでも目安なのに、それが一人歩きして、ルールを守ることが目的化してしまう。本来やるべきことは何かというセンサーが働いていない。思考停止している。

ルールだけ作ったってだめで、結局は試行錯誤しないといけない。ルールを決めてこういう風にしようではうまく行かなくて、あとからうまくいった例を見ながらこんなもんじゃないですかと出した近似解、それがルールなんだ。

キーワードは「地味な変人」


酒井:よく京大生は変わってるって言うけど、そんな変わってる奴らばっかりじゃない。むしろ普通が多くて、でも微妙に変なんだ。微妙に変なやつがたぶん大多数。地味な変人は、自分では気づいていないだけで、京大にはたくさんいる

みんなのイメージするようないわゆる変人って、うまく行った変人、つまり社会に認められた変人なんだよね。だけど、変人っていうのは大抵地味なんだ。突き抜けてぶっ飛んじゃうとみんな認めてくれるけど、そういう風になれる自信もない。かといってどうやら普通でもないらしい。恐らくかなりの京大生が、そういう悩みを抱えているんじゃないかな。このご時世、世の中に合わせて器用に生きてるやつらが多いから、見劣りして悩んでしまう。

だけど、ぶっ飛ぶというのは多くの場合は、普通に対して違うことをやってやろうとすることで、普通を意識している時点で、それは普通なんだよね。京大的変人は、普通とかぶっ飛んでるとかいう座標軸がそもそもない。あえて社会に反発してやろうとかではなくて、自分で考えたことを素直にやってるだけ。それが京大っぽさだと思う。

ぶっ飛んだ変人が生まれた裏には、「なんか変。なんだこいつ」と思われるだけで終わった99人がいるんだ。ほんとに大事なのはその99人の方で、それが許される環境がないといけない。

ちょっとした誤差が将来どんどん大きくなっちゃって、計算が意味がなくなるというのがカオスなんだけど、カオスと同じで、ちょっと変なところを許せば、そのまま行くといつの間にかすごいことになるかもしれない。ちょっと許せばいいのであって、最初からぶっ飛ぶ必要はない。地味でいいんだ。大事なのはそういう地味なやつを許容すること。それを許すのが、社会における大学の役割だと思うんだ。

人生の意味は湧いてくるもの


酒井:みんな外の決まりを気にしすぎてる。外に求めすぎているから、自分の中で何がしたいかわからない。自分は何に向いてるかわからないってよく言うけど、向いてるかどうかはやってみないとわからないし、やってみたら意外とできたりする。大事なのは自分が納得するかどうかだけ。基準は自分しかないわけだから

みんな人生の意味は何かと考えるけど、あらかじめ決まっているものではなくて、やってるうちにじわじわ湧いてくるもの。僕もまさか自分が京大に残るとは思ってなかったし、学生時代はどちらかというと堅いやつだった自分が、「京大生よ変人たれ」なんて言ってるとは思ってもみなかった。最初から意図していたわけではなくて、残ると思ってなかった大学で色々やっているうちに、自然と自分が生きる意味みたいなものが湧いてきた。そういう意味があるなら、そういう風に動こうと。どこで何がどうなるかわからない、人生ってそういうもん。

梶本: 僕は人生経験が豊富なわけじゃないけど、自分の気持ちにはいつも正直に生きてきたし、そういう風に生きてきてよかったなと思う。気になるのは、人に与えられた軸で物事を判断して、自分を見失ってしまう大学生が多いんじゃないかということ。僕がこうやって今自由にやらせてもらってるのは、自由に生きてても全然大丈夫な大人を見てきたからだと思ってる。大学生が型にはまってしまうのは、こうやって生きてもいいんだ、生きていけるんだっていうのを知らないだけだと思う。それを知るには、実際に会って話を聞くのが一番早いと思う。自分が今まで制限してたものって、意外ともうちょっと広げられるんだなっていう気づき、一つの出会いでも結構あると思うから。

学生に自由に生きてる大人を知ってもらうため250人規模の講演会を主催。


酒井:みんな勝手に自分で制約をかけているというのは僕も感じる。自分の思いに忠実に生きるのはだめなことなんじゃないかって。でも、大抵そういうのはなんとかなる。君も実際なんとかなってきたでしょ。

梶本:なんとかなるというよりも、そっちの方がうまくいくと思ってるから、逆にそっち以外の道が考えられない。でも最初からうまくいくと思っていたわけじゃない。あのとき自分に正直になってよかったなっていうひとつひとつの経験が積み重なった上で、そう思えている

酒井:みんなその経験がないんだよね。うまくいかなかったとしてもなんとかなる、死にはしないんだから。ごめんなさいの一言で済むのに、みんなごめんなさいが言えないんだよね。むずかしく考えすぎなんだ。すみませんあほでしたって、一度言ってみたら気が楽になるのに。やってるうちに答えが見つかっていくのに、それをやらないんだよね。最初からうまくやろうと思ってるから、何もできないんだ。僕がこうやってアドバイスしている裏にも、散々の失敗がある。失敗したらごめんって言えばいいんだ。失敗を恐れている場合じゃない。

編集後記


今まで「変人」と言われてどこか他人ごとだと思っていたけど、「地味な変人」と言われてハッとした人も多いのでは?自分が今大学にいる意味、残りの大学生活をどう過ごすかを考えさせられる内容でした。

実はこの対談、盛り上がりすぎて3時間にも及ぶものだったため、編集の都合上泣く泣くカットした部分もあるのですが…
なんと、この二人のアイディアをもっと聞ける場所があるんだとか。しかも、目の前で。

それが、12月17日(日)三条にて開催のイベント「TEDxYouth@KamoGawa

テーマは「Stay Crazy

〜誰かに変わってると言われても、みんなに理解されなくても。
自分の想いに熱中し行動し続ける。だから、ものすごいパワーになる。
世界を変えるのはそんな人。想いを見つけよう。想いに熱中しよう。
そして、世界を変えていこう〜


お二人に加え、Facebook Japan代表取締役の長谷川氏他、魅力的なスピーカーの方ばかり。
自分らしい生き方で輝いている人との出会いで、自分の人生変えてみませんか?

イベント参加申込締切は11月30日(木)。申込はこちらから↓
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSff3bsQWOyN51qooMvgsi755uvFyDH9fuyT2PGWj3sMoZ_zpQ/viewform#responses

同時ライブ配信も行います!Facebookページにて情報を更新していくので、ぜひチェックしてください!