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法律は夜神月を裁けるのか?〜京大ロー生、法学部生ガチ議論〜【デスノートーーク第2弾】

2017/08/30 23:12 公開
高取諒輔

デスノートを使った殺人は、裁けるのか。京大生が夜神月の行為をガチで分析してみた。

とある飲み会の席…


甲「藁人形で呪いをかけて人が死んでも殺人罪にならないじゃん!じゃあ、デスノートのライトも殺人罪にならないのかな?」
乙「あー、藁人形は普通死なないし、根拠ないけど、デスノートは確実に死ぬからなぁ…」
甲「いけそうじゃない?」
丙「いや、無理やろ!」
甲と乙と丙「…検討しようじゃないかッ!!」

フィクションにマジレスするのがナンセンス??

知るか!ガチ議論したるわ!

・法律難しくて分かんないよって人は、【ガチ解説】を飛ばして、【ざっくり】だけ読んでもらえれば、ざっくり分かります笑

・第一弾(「ライトの正義論」へのガチ議論)の記事はコチラ

第一の被害者

事案

2003年11月28日、夜神月(以下「ライト」という。)は校庭で死神リュークが落としたデスノートを拾った。その日に、ライトはデスノート記載の説明を読み、悪戯だと思いながらもその効果を確かめたいと考えた。そこで、同日、無差別殺傷をし、なお幼児と保母を人質に立てこもっていたAをテレビで認識した後すぐ、デスノートの効果を信じることなく、デスノートに「A」と記載し、その40秒後にAは死亡した。

ざっくり

①落ちている他人の物を勝手に取ったらネコババ(犯罪)ですが、 死神はヒトじゃないので、人の物でないデスノートを拾ってもネコババじゃない。

②「殺してやる」って思って殺したら殺人ですが、ライトはまさか本当に死ぬなんて思ってないから、「殺してやる」なんて考えてなくて殺人じゃない 。

③「不注意」で殺したら(よそ見運転で人を轢いてしまった場合とか)、過失致死罪等(ニュースで業務上過失致死罪とか聞きますが、それもそんな感じ)になりますが、ただ変な黒いノートに名前を書いただけじゃ「不注意」なんて言わないからライトは何も悪くない。

ガチ解説

①占有離脱物横領罪(刑法254条)の検討
「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」
ライトは落ちているデスノートを拾って自分の物としている。かかる行為に占有離脱物横領罪が成立するか。
占有離脱物横領罪の成立のために、取った物が「他人の物」であることが必要であるところ、本件では、元の所有者が死神リュークであり、人でない。ゆえにデスノートは「他人の物」とは言えない。
以上から、占有離脱物横領罪は成立しない

②殺人罪(刑法199条)の検討
「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

(便宜上、主観的構成要件から検討する)
殺意の検討。故意とは、結果発生の認識認容である。
本件では、ライトは悪戯だと考え、デスノートの効果を信じていないのであって、殺意があったとはいえない。

また、過失を検討するに、過失は、結果の発生を予見でき、結果回避が可能であったにもかかわらず、その結果回避のための行動をしなかったと言える場合を意味する(注1) 。
ここでいう予見可能かは、行為者と同じ立場にある一般人を基準に判断するところ、本件では、ライトは学生であり、一般学生がデスノートなる少し手の込んだ黒い大学ノートに名前を書いたところで、本当に死の効果が発生すると予見することはおよそできないであろう。ゆえに、過失もない

以上から、故意も過失もないので、殺人罪及び過失致死罪等は成立しない(注2)

注1:危惧感説や修正旧過失論などにも注意。最も結論に影響はないだろう。
注2:仮に故意があるとすれば、実行行為性が問題となる。さらに仮に構成要件該当性があるとして、偶然防衛の可能性もある。ここでは省略。

第二の被害者

事案

2003年11月28日、ライトはデスノートにより1人の死を確認した後、さらにデスノートの効果を確認するために、死んだ方がいい人間を殺してもなお構わないと考えた。同日夕方、塾の帰りに、女性に執拗に絡むBを確認し、近くのコンビニで立ち読みをするフリをしながら、Bが死んでもなお構わないと考え、デスノートに「B事故死」と書き込んだ。Bはその後すぐ、女性を追いかけ車道に出たところ、トラックに轢かれ死亡した。
なお、デスノートは顔を認識した上で名前を書かれた場合、確実に死亡させる効果があるが、その効果についてのちの調査によっても完璧な科学的根拠を発見することはできなかった。もっとも、デスノートの現物には無数の名前が記入され、その人が全て死亡していること、デスノートに英語で文字が記載されていること、その他デスノートによる殺人についてのビデオや証言は十分に取れるものとする。その他本書に従うものとする。

ざっくり

① 藁人形とか、コーヒーに砂糖を入れて人を殺そうとしても、そんなんじゃ死なないわけで、死ぬ危険がないから、殺人とかにならないのです。殺人未遂にもならない=無罪ということ。

今回、デスノートは確実に人を殺す効果のある危険な物という設定だから、それに名前を書くのはそれはそれは危険なことで、藁人形とか砂糖とかとは違うのです=殺人の可能性アリ

② でも、デスノートの危険って証明できるの??と思いますよね。
世の中、「100%こうです!」なんて神様以外分からないし、絶対なんて絶対にないわけで、裁判でも、色んな証拠からこれは疑いない!ってなれば、OKになってます(だからこそ冤罪でも状況証拠などが揃っていれば裁判で負けてしまう)。

で、今回はデスノートで実験したわけではないですが、書かれてる人100%死亡してて、ビデオとか目撃証言もあって、死因も一致しているとかを考えれば、デスノートに名前を書く行為が半端なく危険でやばいって分かります(これだけ証拠があると割と疑いないのでは?)。

次に、ライトの筆跡とライトがデスノートを所持していたという状況から、ライトがデスノートに名前を書いたことが分かります。

つまり、ライトがデスノートに名前を書くという、危険な行為をしたことが疑いないと言えます。


③ 「殺してやる」って気持ちがないと殺人にはなりません。「殺してやる」というのは、「死ぬかもしれないけど、まぁそれでもいいや」っていうのも含まれます。死ぬかもしれないなら、そんな危険なことはしちゃダメって分かっているのに、でもあえてその危険なことをするってことは、それはアカン!って思うでしょう。 そんな感じです笑

で、今回は、ライトは「死んでもなお構わない」と考えており、それは「死ぬかもしれないけど、まぁそれでもいいや」であって、「殺してやる」に含まれるから、殺人になります

結論としては、ライトは殺人をしたと証明され、殺人罪になるでしょう。

ガチ解説

 
Bに対する殺人罪(刑法199条)の検討

①実行行為性

デスノートに名前を書く行為は不能犯ではないか(注3)。

この点、デスノートは顔を認識した上で名前を書かれた場合、確実に死亡させる効果があるという設定であり、結果発生の危険がないと言えないのであって、不能犯ではない

実行行為は、当該構成要件の結果発生の現実的危険であると解されるところ、上記設定に鑑みれば、死という結果発生が、確実に生じる以上、デスノートに名前を書くという行為自体が十分現実的危険のある行為であると評価できる。

もっとも、上記設定は神の目から見たものであり、実際に刑事裁判でデスノートに名前を記入する行為が死という結果発生の現実的危険性を有することを立証しなければならない

裁判において、犯罪事実の証明については、「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」(注4)が必要である。
これは、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いを容れる余地はあっても、訴訟手続という法制度内において反対事実の存在する抽象的可能性を完全に除去することは不可能であるから、健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣意である(注5)。
なお、このような証明の水準は、直接証拠によって事実認定すべき場合と、間接証拠の総合評価によって事実認定をすべき場合とで、異なるところはない(注6)。


 したがって、本件でも、間接証拠により、間接事実(①「デスノート」の危険性、②ライトがデスノートに名前を記入した事実)を証明し、主要事実(デスノートによって人を殺したこと)を推認することができれば、ライトを殺人罪で処罰できると考える。

 そこで、間接証拠を以下で見ることにする。

①デスノートの危険性

ⓐデスノートに名前を書かれた人が全て死亡している事実
 (→これのみでは、「死亡した人を後からノートにメモした」という反対事実が考え得る)

ⓑデスノートに記載された諸条件(心臓麻痺での死亡・記載に従った死亡)と、実際の死因とが全て合致している事実
(→これでも、「死亡した人の死因を調べて後からノートにメモした」との反対事実の可能性)

ⓒデスノートに名前が記入されていた人が、デスノートの押収後に発覚したという事実 
(→「たまたまその人が死亡したことを知っていた」との反対事実)

ⓓデスノートに名前が書かれた数秒後にその人が死亡していること(ビデオ&目撃証言)
(例)火口が車の中で警察官の名前を記入した数秒後にその警察官が心臓まひで死亡した。これは、監視カメラで、数人が目撃している。カメラの映像も残っているはず。→「たまたま名前を書いたら死亡した」との反対事実)

これらの間接証拠ⓐ~ⓓから、①「デスノートの危険性」(「デスノートが確実に「人を殺」す現実的危険性を有する手段であること」)を証明することができる。

②ライトがデスノートに名前を記入した事実

ⓐデスノートの筆跡がライトの筆跡と一致
ⓑライトがデスノートを所持していたこと
 これらの間接証拠ⓐⓑから、②「ライトがデスノートに名前を記入したこと」を証明することができる。

 これらの間接事実①「デスノートの危険性」、②「ライトがデスノートに名前を記入したこと」から、主要事実「ライトが人を殺」したことを推認できる。


以上から、ライトがデスノートに名前を記入するという行為が殺人の実行行為であることが証明される。


②因果関係

本件では、デスノートに記入してから、B本人の不用意な車道への飛び出しとすぐに止まることのできなかったトラックの介在行為によって死亡している。
そこで、デスノートへの記入という実行行為と死の結果発生との因果関係が問題となりそうであるが、上記間接証拠からデスノートは、顔を認識した上で名前を書かれた場合、確実に死亡させるものであると証明されるから、その確実性からどのような因果を経過したとしても実行行為によって結果が発生したことは明らかであり、因果関係は否定されない(注7)


③殺意の検討

殺意は、死ぬ可能性を認識しつつ、その人が死んでも構わないと認容した場合とされる。死の発生が確実ではないと認識していても、仮に結果発生してもなお構わないと思った場合は同様である(未必の故意)。

本件では、デスノートの効果で1人死んだのではないかと考え、デスノートの効果を一定程度認識していたと考えられる。また、「死んだ方がいい人間を殺しても構わない」と考えており、死の結果が発生してもなお構わないと考えている。ゆえに未必の故意があるといえ、殺意があったと言える


④正当防衛

女性がBに執拗に絡まれていた事情から、この女性を助けるためであると考えられないか。以下、正当防衛の検討をする。

正当防衛が成立するためには、(刑法36条1項に色々書いてあるが、省略して)一般に防衛の意思が必要であると解されている(注8)。
防衛の意思とは、急迫不正の侵害を認識しつつ侵害を避けようとする単純な心理状態である。攻撃と防衛の意思が並存している場合には、防衛の意思は否定されない(注9)が、もっぱら攻撃の意思である場合には否定される(注10)。

本件では、ライトはデスノートの効果を確かめるという目的のみであり、防衛について全く興味がないのであるから、もっぱら攻撃の意思であると考えられる。

ゆえに防衛の意思がなく、正当防衛は成立しない(注11)。

結論として、殺人罪(既遂)が成立する


注3:不能犯は未遂か否かを区別するものであり、既遂結果がある以上、検討の余地がないようにも思えるが、例えば自殺などによって因果関係がない場合には結果が発生していてもなお不能犯の場合は想定でき、既遂結果=不能犯を検討しないという覚え方は正確な理解でないように思える。
注4:最決平成19年10月16日刑集61巻7号677頁
注5:前掲最決平成19年10月16日
注6:前掲最決平成19年10月16日
注7:例えば、現実的に不可能な殺し方をデスノートに記載した場合(5時間以内にフランスで死亡など)には心臓麻痺で死亡するという結果が発生する。しかし、因果関係を否定するものではなく、因果関係の錯誤の問題になると考えるべきだろう。
注8:最判S33.2.24
注9:最判S50.11.28
注10:最判S46.11.16
注11:仮に間接事実から推認するとしても、防衛の意思がないという認定になるだろう。

編集後記

デスノートーーク第2弾では、法的評価の観点から切り込んでみました。
今回は、第一の被害者、第二の被害者の2つについて検討しました。法学部生にも他学部生にも楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。

次回は、①コンビニにナイフを持って押し入らせた行為、②捜査機関がライトの部屋に64個監視カメラを設置した行為 について検討してみますので、楽しみにしていてください。
ちなみに、批判を大募集していますので、これ間違ってない?とか、筆者アホちゃう?とかあればSNSなどでご意見お願いします。

京都大学ロースクール棟、1階自習室より。