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過疎は本当に悲観すべきか? ヨソ者の「独りよがりな問題解決」にならないために【京大教授によるシンポジウム】

2017/06/22 00:53 公開
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私たちは、過疎を悲観しすぎていないでしょうか。この稿では、実際に筆者が過疎の地域に入った経験に、現代の論客が示す日本の将来像をからめ、過疎、少子高齢化、人口減少に対する考え方を問いなおします。最後に、関連するシンポジウム情報もありますよ!

1.想像した ”過疎” と実際の ”過疎”

 「過疎」と聞くと、どういったことを想像されますか? 

おそらく、多くの方にとって、過疎とは地域社会における課題であり、解決しなければならない問題であると思われているのではないでしょうか。

私自身、最初はそのように思っていました。実際、私は過疎を「地域社会の課題」と位置づけて、「その解決のため」に山間地域での活動を開始したのです。

私は、自らが東洋医学のエキスパートであるという点を踏まえ、過疎の地域における健康寿命の向上を目指すことにしました。2010年ころからはじめた活動でした。どうすれば地域のためになるのだろうかとあれこれ考え、セルフお灸講座や、定期的な訪問による健康相談など様々試みました。


活動を始めた最初の年は試行錯誤の連続で、そのいずれも、うまくいっているようには思えませんでした。

そのことに悩み始めたとき、ある実態に気がついたのです。
驚くべきことに(少なくとも、私には驚愕でした)、私が「この地域に住んでいる人は過疎化で悩んでいるだろうな」と思っていたのと反対に、実際にそこに住んでいる人は過疎それ自体に悩んでなどいなかったのです。

それは面白い発見であると共に、大きな課題を私に提示してきました。

そう、過疎で「悩んでいない人々」は、見ず知らずの「ヨソ者」からの支援など必要としてくれないのです。
私のやろうとしていたことは、喉の乾いていない馬を水場へ連れて行って無理やり水を飲ませることと何ら変わらりませんでした。

2.「あんた、痛みをどうにかできるん?」

 私が地域の方から、「あんた、痛みをどうにかできるん?草引きで腰が痛いんよ。」といわれたのは、初夏のころでした。

私は、すこし意外な気持ちで「もちろん、お手伝いしますよ」と応えました。医療機関や接骨院、鍼灸院などは、車の距離とはいえ存在している地域ですから、そちらを利用していると思っていたのです。

私は、自らの活動が地域貢献である以上、現地の同業者等に迷惑にならないようにと、実際の施療等は控えていました。しかし、目の前の方は、私に依頼してきたのです。

 施療の間、その方は私にこう言いました。「私は今年で80になる。車の運転は、家族の制止もあり自分でも怖いからしていない。若い人にとってはヒョイッと行ける距離も、私らには辛い」と。
そして、その人は、過疎の地域において公共交通機関を頼るのも一苦労であることを教えてくれました。

施療が終わるころ、その方は私に、調子が良くなったこと、そして定期的に施療に来てほしい旨を伝えられました。
施療はタダではできません。しかも、セルフケアお灸など、お金をかけなくてもいい取り組みをたくさんしているのですから、そちらを利用したらいいのではないか。そう私は提案しました。

しかし、その方は、それでもいいとおっしゃるのです。

 「みんな、こんな山の中で住むのは大変だろうというけれど、いまさら、この生活様式を変えるなんて、そっちの方が大変やわ。それに、知り合いのいない土地に行って、誰を頼ればええん?」


私は、確かになと思うと共に、この地域で住み続けようとする住民の気持ち、住民同士が長年掛けて培ってきた関係性など、本来はもっと眼を向けるべきことがあるのではないかと思うようになりました。

今でも、私が地域貢献を考えるときの源泉のようなものになっている言葉です。

3.少子高齢化する社会

 既に、日本の多くの市町村が超高齢社会に突入しています。

地方公共団体が提示する高齢化率を見てみると、この国が如何に老いているかがわかります。都市の老いは、大都市においても着実に進んでいるはずなのですが、大都市ではその実態が表面化しにくいのだろうと思います。

 2014年 06 月 26 日(木)の週刊現代に「 "人口 4300万人 "ああニッポン 30 年後の現実【第1部】警察官もいません 東京の足立区、杉並区、豊島区は消滅 京都・ 大阪も無法地帯に !」と題した論説が掲載されました。図1はその時示されたグラフです。

図1 2014年 06 月 26 日(木)の週刊現代に「 "人口 4300万人 "ああニッポン 30 年後の現実【第1部】より抜粋

少子高齢化は社会に人口の減少をもたらします。

多くの方にとっては、人口の減少がイコール日本の国の衰退であるかのように思われるかもしれません。確かに、一般社団法人 未来医療研究機構 代表理事 長谷川 敏彦氏は図2のようなグラフを示しています。

図2 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/shisaku/chiikihoukatsukaigi/01chiikihoukatsukeakaigi.files/07-2hasegawasama.pdf より抜粋

このグラフは、今後の日本について2つの現象が生じることを示しています。

ひとつは、「人口に占める高齢者の比率」が高くなること、もう一つは生産人口が減少することです。

この2つの現象は、例えば日本の生産性の低下、あるいは高齢者に使われる社会資源が増加することなどに関係してきます。

しかも、このグラフは、いわゆる高齢化の高止まりとも言うべき状況が、しばらく日本社会で続くことを示唆しています。

4.過疎は悲観すべき対象なのでしょうか?

高齢者の人口流動は活発とはいえません。ですから、過疎化がすすむ地域でも、高齢であろうとお構いなく人々が生活を続けています。

引っ越さないのです。週刊現代の記事が示すように、このままでは、東京23区であっても消滅してしまう可能性があるのです。

このように書くと、さも過疎化の進展が悲劇的なもののように思えます。しかし、それは本当に悲劇なのでしょうか。

京都大学の「こころの未来研究センター」の広井良典先生は、著書の『人口減少社会という希望ーコミュニティ経済の生成と地球理論』において、人口が減少すること自体は決して絶望ではないと述べています。

よくよく考えてみたら、これからAIが台頭していくといわれていますよね。AIは、たぶん、多くの人の職業を肩代わりしてくれるでしょう。
そういった社会が到来するころには、人口自体が減っていても、国民にとってはさほど住みにくい社会ではないかもしれません。むしろ、過剰な失業者を生み出してしまう方が困りごとが多そうです。


過疎は、一昔前の、拡大成長路線の日本においては、きわめて重大な問題であったのかもしれません。しかし、科学技術の進展などの要因は、社会のあり方自体を変容させているのではないでしょうか。

そう考えると、過疎という現象に固執する必要がないのではないかと思います。むしろ、そういった変容していく社会にの中にあって、人が人らしく生きるにはどういったことが必要かという点に着目することが重要であるように思います。

5.もう一度考えたい ”コミュニティ” と ”生き方”

 私が実際に見た過疎地域の状況は、人口減少や少子高齢化が単なる恐怖あるいは絶望ではないことを教えてくれました。

しかし、同時に思い起こされる言葉があります。
「知り合いのいない土地に行って、誰を頼ればええん?」

 現代において、人はいくつかの集団に属することが当たり前になってきています。職場の仲間、サークルの仲間、趣味の仲間、ご近所さんなど、多彩な集団が存在します。

しかし、それだけ多くの”関係性”を持っているにも関わらず、「孤独感」はなくなりません。
最近でも、頼る人がなく亡くなった独居者、あるいは、相談する相手にめぐり合わず自死に至ってしまった方の話題は新聞やSNS、ネット情報にあふれています。

これはどういうことなのでしょうか。私たちは、今の自分の考え方を転換する時期に来ているのではないしょうか。

 6/25(日)に、キャンパスプラザ京都で一つのシンポジウムが開かれます。
テーマは、「孤独なコミュニティーをどう生きるか ― つながりの中で感じる孤独の正体 ―」です。

このシンポジウムでは、歴史的視点、現代的視点そして有事の際における視点から、現代のコミュニティをどう捉えるべきか、また、その中に垣間見える「孤独」の正体は何なのかについて示される予定です。

そして、それらを踏まえ、来場いただいた方と共に、次世代のコミュニティ論、生き方論について検討します。


 ご関心をお持ちいただきましたら、是非とも、ご参加いただき、共に議論していきましょう。

シンポジウム:「孤独なコミュニティーをどう生きるか」
       ― つながりの中で感じる孤独の正体 ―

日 時:平成29年6月25日(日)  14:00~17:00

場 所:キャンパスプラザ京都2階 ホール
〒600-8216 京都市下京区西洞院通塩小路下る             
TEL: 075-353-9100 (京都駅ビックカメラ前、JR京都駅ビル駐車場西側)

シンポジスト:
京都大学   広井良典 教授 : 「いのちとコミュニティー」       
大阪経済大学 德永光俊 学長 : 「いのち」から見た農業の歴史と未来  
関西大学   近藤誠司准教授 : 「災害から浮かび上がる現代社会の脆弱性」

参考:シンポジウムのちらし・表面

参考:シンポジウムのちらし・裏面