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2週間で2万円!? 「タイの京大」に短期留学して気づいた「投資されてきた自分」

2017/06/15 11:34 公開
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海外行って、2週間で2万円しか使わなかった。しかも割と贅沢に過ごした。
京大のお得すぎる奨学金付きプログラムで気づいたこと。

海外に行くのに2万円しか使わない、ということを想像できる人はいるだろうか?



私は、2017年の春休みの2週間タイに行き、飛行機代や宿泊費などを含めて2万円しか使わなかった。


極貧生活をしていたわけでも、働いていたわけでもない。

学んで、食べて、飲んで、遊んでと、むしろ大充実していた。

2週間滞在したホテルも、ホットシャワー付きで、毎日ベットのシーツもタオルも水も交換される、バックパッカーからすれば贅沢すぎるホテルだった。


どうして、そんな生活をしながら、たった2万円で過ごせたのか?


それは、奨学金付きの大学の短期留学プログラムに参加したからだ。


↑お客さんが来た、ということで民族舞踊でお出迎えしてくれた市場の人たち

京大の短期留学プログラムでタイのマヒドン大学へ



私は、2017年の春休み、2週間、京大の短期留学プログラムでタイのマヒドン大学に行った。


マヒドン大学は、タイのバンコク郊外にあり、タイ王国の中で1位、2位を争う名門校である。

街の中心部から離れ、立ち位置が1位、2位。そう、そんなポジションから「タイの京大」と勝手に認識していた。


マヒドン大学では、カリキュラムに従って比較文化学を学んだ。


実際、どんな過ごし方をしていたのかというと、9時から12時、13時から16時まで授業を受け、その後はフリータイム。タイの宗教や歴史、政治などを幅広く学んだ。

座学だけでなく、タイの民族舞踊を皆で体験したり、Excursionという名目で、アユタヤや水上市場に連れて行ったりと、遊びもあるカリキュラムでとても面白かった。


授業後は、バンコク市内に遊びに行ったり、タイマッサージを受けたり、時々レストランで豪遊したり...。

夜はホテルの部屋で飲み会をしたり...。そんな感じでめちゃくちゃ楽しんだ。

↑ インターナショナルナイト。各国の留学生がの民族衣装などを来て交流、荷物を増やしたくなかったので、甚平を来ていった。ベトナムのアオザイ女子が可愛すぎた...。



それなのに2万円しか使ってない。


奨学金のおかげで、通常留学するのに必要な飛行機代、宿泊費、授業料等は全てタダで、食費や現地の交通費、お土産代、くらいしか要らなかった。
(タイの物価は本当に安く、1食300円くらいで済ませることもできる。)

現地で感じる「格差」



2週間タイのバンコクで過ごして感じたことは、「格差」だ。


タイは、多民族国家で、授業で学んだことによると、中華系の人が経済の大部分を握っている。

一方、カンボジアやラオスから来た移民の多くは、市場で働いたり、肉体労働やタクシー運転手などをしている。


現地の大学生が街でブラブラと遊んでいる中、その街の屋台やお店では同年代の若者がずっと働いていたことが、ものすごく印象的だった。


アルバイト、あるいは従業員として、その若者たちが毎日働いて得られる賃金はとても低いはずだ。

日本のアルバイトと同じ位の賃金率だとすると、時給はおそらく約300円(100バーツ)だろう。


その脇で、スーパースターやAirMaxを履いた大学生がスマホをいじりながら歩いている。

バンコク市内に行くと分かるのだが、ブランド品の値段は日本とほとんど変わらない。

アルバイトをして400時間以上働いてやっと買えるスニーカーを、ほとんど労働していないにも関わらず手にしている大学生。


その姿が印象的だった。

↑大学近くの路上の焼肉屋。200バーツと割高だったが、久々に肉を食べれたので満足。 ここで朝から晩までずっと働いている若者が5、6人は居た。



タイの留学を経て、日本は機会格差がとても小さい国だと感じた。


生まれもって、職業が決まるわけでもないし、義務教育で中学までは少なくとも勉強できるし、努力する人や優秀な人には奨学金が与えられる。


とても機会に恵まれた国だ。


投資されてきた自分



私は、公立中学校、公立高校出身だったが、経済的問題で高校に通えず、ずっとアルバイトをして生活している人を見たことがない。

もちろん、日本にも貧しい家庭はあるのは知っている。

だが、今まで経済的理由で高校、大学に通えない人に出会ったことはない。


データに基づいていない、と言われたらそれまでだが、”僕”は本当に出会ったことがない。


最終日、タイと日本の違いについて、4人グループでテーマを設定して発表した。

「比較文化学」を学ぶカリキュラムだったが、研究手法は教わらず、比較と言ってもタイについてしか学ぶ機会がなかったので、データや写真を適当に持ち出した、学問的とは全く言えない内容の薄いプレゼンを各班がした。(知識量と時間がなかったので、仕方はないが。)


そんな拙いプレゼンを各班がした後、現地の生徒と職員の方が、明日発つ我々のために、送別会をひいてくれた。


学部長が私たちひとりひとりに修了証を渡してくださり、生徒が英語でスピーチし、最後に私たちの2週間の様子を映した、ムービーを流してくれた。


この時私はふと思った。



「恵まれてるなぁ…。」



軽い気持ちで申し込んだ留学プログラムだったが、恐らく15万円は貰っているだろう。

タイの屋台でコツコツとお金を稼いでいる若者の脇で、彼らが500時間働いて手にするお金を、書類2、3枚、面接1回をしただけで貰える。

私にそんな価値があったのだろうか。


おそらく、この留学プログラムは、京大の職員さんや現地の職員さん、学生、教授、ASEAN事務局、様々な人が、協力して作ってくれたものだ。

まだ出てこない未来を担う学生の可能性に対して、そこに投資されたプログラムだ。


このプログラムだけではない。


今まで教育を受けてきたこと、京大で自由に学べるということ、全ては大人たちが、未来を担う若者たちに投資してくれていたのだ。


↑アユタヤの仏像の足からエネルギーを頂いている図。



投資されてきた自分、そして周りの人々。確かに、オトナが勝手に押し付けてきた制度かもしれない。


ただ、何もできない自分たちの未来の可能性に期待して、お金を貰っているということだけは、忘れてはいけない、と感じた。


「やりたいことがみつからない」「自分の周りが幸せになればいい」、そんなことを考えていた大学の2年間だったが、幸せを噛み締め、少しでも成長し、力を日本に、アジアに、世界に使うことでお返しできたらいいな


↑旅行者と民間人の入り乱れたバンコク内の市場。世界にとって自分はちっぽけだ、と教えてくれた。