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「転部→留年→退学→再入学」をした京大生に話を聞いてみたら、自分の興味をとことん突き詰める京大生の鑑だった。

2018/07/05 18:18 公開
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「転部」「3留」「退学」「再入学」

おそらく上記全てを経験した大学生は日本では彼一人だけなのでは?

今回、灘中学・高校卒業→京大薬学部に入学→京大文学部に転部→京大7年次に退学→京大理学部に再入学した京大生、井上龍さんに取材しました。

このような経歴となった理由、京大に再入学をする決意、様々な学問を経験してそこから学んだことを直撃します!

京大とは小さい頃から「深い縁」があった。

---本日はお忙しい中ありがとうございます。はじめに井上さんは灘高校卒と伺っています。灘校生は東大を選ばれる方も多いですが、京大を選ばれた理由を教えていただけますか?

井上龍さん(以下、井上)「自宅が京都で京大が近かったというのが大きいですね。その上、父親が京大の医学研究科の研究員だったので、子供の頃よく研究室に預けられていました。僕の場合小さい頃から京大に深い縁があったんです。」

---子供の頃から研究室に行っていたんですね!

井上「そうですね。その中で研究室で小さいときから実験をしているのを見ていました。今思えば、そのときから『研究』や『勉強』に対して意欲が育まれていったんだなと思います。」

井上「両親も教育熱心で小さい頃から図鑑とか買ってもらっていたんですけど、小学生が読む学研の図鑑ではなくて、高校生用の「化学図録」とか買ってくれたんです!小学生の僕はそれを読むのが本当に大好きでしたね。」

親への反発から薬学部へ。

---小さいときから勉強、学問が大好きだったんですね…。やはり、その中でも興味を持ったのは薬学だったんですか?

井上「いや、実は…薬学にはあまり興味はありませんでした(笑)。更にいうと現役の頃から理学部に入りたかったんです。僕が一番興味があったのは『化学』だったんですよ。」

井上「預けられてたのは医学研究室だったんですけど、そのときの実験が好きだったんですよね。実を言うと中高でも部活で6年間化学実験をやっていました。
 中1のときの文化祭で灘校の化学部が「化学マジック」という見た目の変化が派手な化学反応をマジック風に行うプログラムがあったんです。そのダイナミックな変化に魅せられて、スグに入部しちゃっていました(笑)。だって普通に生きてたらそんな変化に出会わないじゃないですか。それで化学部に入部して6年間活動しました。」

井上「この6年間はめちゃくちゃ楽しかったですね。炎色反応を利用して花火を作って炸裂させたり、酸化鉄とアルミニウムの粉末を混ぜてマグネシウムリボンで点火することで大きな火柱とともに鉄の塊を生み出したり。
 周りもこういう実験が好きな人が多くて日々刺激を与えあってましたし、何より自分で新しい変化を作り出すのに夢中でした。」

井上「高校でこういった実験を何回も繰り返してて、そこから『次は自分がやってきた化学実験とか、まだまだやっていないんもっと高度な化学はどういったメカニズムで起こっているんだろう?』と思ったので、大学では化学を原理的な視点から学べる理学部に行こうと思ったんですよ。」

---高校の時から化学に対する知的好奇心が大きかったのですね。ではなぜ大学では薬学部に進学されたんでしょうか?

井上「これは家庭の問題ですね…。父が医学部なので母親に『医学部に行かないの?』『医学の資格を取っておいたほうがいいよ?』とそればっかり言われたんですよね。」

井上「そこで躍起になって『資格を取れりゃいんだろ!』っていう勢いで『医学』と『化学』の中間点ってことで、化学実験で薬を作る『薬学』の道に進みました。今考えると、なぜ中間点が薬学だったのかわからないですけど(笑)」

井上「で、現役で合格して薬学部薬科学科に入ったんですけど、やっぱりあんまり興味が持てなかったですね。
 化学を扱う有機化学系の分野は面白かったんですけど、根本となる薬学部の内容の『実際に患者にどのような薬を与えるのか』とかそういうところが『実学』チックすぎて。
 僕はもっと『原理』的なことをやりたかったので、やりたいことと違うなと。むしろ専門より般教のほうが楽しかったですね(笑)」

「思い切った変化」を求めて、文学部へ。

---なるほど・・・それで転部されたんですね。ですが井上さんはここで理学部じゃなくて、文学部に転部されたんですよね。

井上「はい、文学部に進学しました。何故かといいますと、『思い切った変化が欲しかった!』からですね(笑)」

井上「だって人文系って高校ではやらない内容が多いじゃないですか? 高校までの教育でも"国語"はあるけど、『文章を読んで心情を推測しろ』とか、『内容を要約しろ』とかそういうのばっかり。"歴史"も必要最低限の知識ばかり教わりますし。」

井上「それに、心理学とか社会学とか言語学といった分野には高校時代触れたことがなかったんですよね。いざ大学に入ってみたら、一般教養の授業で心理学に触れて『高校までは違う感じで楽しいな』と思ったんです。それで『新しい分野に触れてみたい!』と文学部で心理学を勉強することにしました。」

---すごい決断力ですね!では実際に進学してみて文学部の勉強はどうだったんですか?

井上「人文系はすごく楽しかったですよ。最初は実験心理学の理論、歴史の勉強からはじめました。」

井上「けど…やっていくうちに気づいたんですけど、自分がやっていたのは心理学ではなく哲学に偏ってしまっていたたんですね。
 かと言って完全な哲学の勉強をしていたわけではないので、勉強の方針、形が定められずに自分をも見失ってしまったんですよね。」

---なるほど・・・「自分を見失った」とはどういう状態なのでしょうか?
そもそも、心理学と哲学って似通った分野だと思うのですが、その違いはどこにあるのでしょうか?

井上「まず、心理学と哲学の違いですが、それって結構知られてないですよね(笑)」

井上「心理学は『人間がこの世界をどのように知覚して、働きかけるのか?』といった、人間の「行動」に目を向けて、様々な基準で「数値化」して分析していきます。「数値化」という点では数学とか物理とちょっと似通った部分がありますね。
 こういった数値化されるものは『数式やものがあってどう動くか、どう働くか、どういう変化を起こすか。』それが『数値』という形で具体化、明文化されているので、もし途中で詰まったり分からなくなっても予め用意された数式をたどれば、とりあえず間違っている部分を見つけられて、着地ができるんですよ。体を休められる場所があるんですね。」

井上「それに対して哲学は『じゃあその知覚した世界は周りの人と自分で同じなのか?』といったもっと根源的な疑問を、『生きる意味』や『価値』といったもっと抽象的な部分から探っていきます。いわゆる「数値」といった形で表せない分野。なので姿を輪郭化できないんですよね。言っちゃえば心理学よりふわふわしてて掴みどころがない学問なんですよ。」

井上「さらにそこで自分で考えて、やりたい方向にどんどん進んでいったら『心理学』ではなく『哲学』の方向に向かってしまってた。それなのに完全に『哲学』の勉強をしているのかといえばそういうわけでもなく、『心理学』とも『哲学』ともつかない中途半端なものになって、形を定められず自分を見失ってしまったってことですね。何にもない空間で思考だけが裸で彷徨っているような状態で、ものすごく不安に襲われました。」

井上「その上当時病気だったので、昼夜逆転したり全く寝られなくなったりで、生活リズムが完全に狂って授業にも出れなくなって留年してしまったんですよ。
 まともな生活にもどったときには7回生でした。」

再受験を決意、7回生にて自主退学。

---大変な経験をされたんですね・・・そこから退学と言った形になってしまって、再受験されたんですね。

井上「そうですね。実は4回生くらいから『理系に戻ろう。』っていうのは思ってました。思考がさまよう状態が嫌になったんですよね。
 でも、病気などの事情で迷惑をかけていたし、何より病気で自分にそんな気力がなかったので言い出せなかったんです。7回生になって病気がマシになった段階で『 もう一度受験しよう!』と決めて、退学届を自ら書きました。」

---ギリギリで決断されたんですね。では、7年間大学にいて、そこから『再入学』という決断とそこからの受験生としての生活には相当の葛藤があったと思うのですが、そのあたりの話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?

井上「そもそも文学部で6回、7回生までいて、特別思ったことがあんまりないんですよね。強いて言えば『般教よりさらに深く人文をしれた経験は良かったかなぁ。』とそれくらいですね。7年間って、数字にすると多いですけど、『別に自分の人生なのでどう生きようといいじゃん!』って感じでしたね(笑)
 退学後の一年は病み上がりの静養みたいな感じで気楽に過ごしていました。今までどおりにバイトしたりゲームしたり、昔からやっていたピアノの練習を再開したり、気が向いたら受験勉強したり。大学在学時と比べると気楽でしたね。大学に7年間いたので自分が弱い科目などはわかっていたので、そこだけ重点的に、必要最低限でやっていました。
 バイト先が塾だったので、自分が受け持つ生徒にも同じ京大志望の子がいて、その子の英作文の添削をしているって考えると奇妙な感じでしたね(笑)。先生だけど、生徒と同じ受験生だったので(笑)。
 模試の判定も上々でしたし、すんなりと京大には合格できました。」

---自身も受験生なのに塾講師をやって生徒と同じ大学を目指していたのは面白いですね(笑)。再入学された後の大学生活は、どんな気持ちで過ごされていますか?

井上「ん~、もともと京大に馴染んでいたこともあったこともあって不安とかはなく、むしろ気持ちには余裕がありましたね。実際、周りの一回生とも一緒に勉強していてこれと言った違いを感じることはないですね。
 今は化学はもちろん、メインに数学をおいて極めようかなと思っています。理系だとどの分野でも高確率で数学が出てくるのでそこから固めたかったので。実際数学も楽しいです。人文学と違って、気ままに問題に挑んでいても式のとおりにしか動けないし、もし道を踏み外しても『理詰め』でたどっていけば踏み外した部分を特定できるので安心感がありますね。かといって型にはまったものではなく、同じ論理であれば色んな書き方ができてその上正解していればどれ一つとして不正確なものがないってところが面白いなぁと思います。
 人文学も楽しかったんですけど、考えがとっちらかったときにどうにかするすべが僕にはなかったし、『理詰め』でどうにもできない部分があったという点でやっぱり専門にはしたくないなぁと(笑)今思ったら、数学で文字が変数として置かれるのと同じように、哲学では『人間』が変数だった。当時の僕はそこが理解できなかったために中途半端に終ってしまったのかなと思います。逆にそこを整理できれば明確な形で輪郭化できるのでしょうね。」

「7年間の大学生活」をどう活かしていくか。

---実感をもって感じられます…大学生活を含め、今後の人生のプランを教えていただけないでしょうか?

井上「正直、今のところ『なるようになるでしょ。』程度にしか考えていないです(笑)
 ただ、抽象的な目標なら『クリエイティブに生きていきたい。』というのは強く思っています。何に対しても主体的に動いて探求して、『創る力』を身に付けていきたいなと。学問的なものはもちろんだし芸術的なもの、今までやってきた音楽はもっと極めて行きたいし、他には誌面構成とかやっていきたいですね。
 学問は理学部そのものが『ゆるやかな専門化』と掲げているだけあって色んな分野を幅広くできる学部なので、後期からは数学に加えて化学の量を増やして、余裕がでてきたら物理とかあらゆる理系分野に手を広げていきたいですね。そういった幅広さが京大の強みだと思います。」

---「自由」な校風をとことん活かすべきですよね。最後に化学、薬学、心理、数学といろいろな学問を経験したからこそ井上さんが言えることってございますか?

井上「どの学問についても言えることなんですけど、しっかりと時代を前に進めていっているなと思います。」
 『実学として役に立たないので国公立の人文系の学問への投入資金を減らす。』とかよくききますけど、学問は『役に立つか立たないか。』じゃなくて『自分の役に立てるか立てないか。』が大事なんですよね。
 例えば人文系だと、心理で人間の行動について研究しておけば『どのような心理的効果を与えるのか。』といった観点から人に影響を与えるデザインを作ることができますし、歴史を遡っていけば今まで人類がどのように生きてきて、どのような失敗をしてきたのか、それを具体的に学んで自分の体験に活かせますよね。
 人文系を役に立てることができないのは精神面の豊かさがなくなっているからだと思います。カネを直接扱うことでGDPを『量的』に成長させるのが経済学であるのに対して、人文系は『国民の心や精神面』など『質的』なものを『理論』で成長させることができるものじゃないかなと。日本のGDPが伸び悩んでいるのは『量的』なものに比重を置きすぎてるからであって、『質的』なものにももっと目を向けるべきだと思います。」

井上「やるべきことは『排斥』じゃなくて『適材適所』ではないかなと。そもそも人間は分業によって発展してきたわけですし、理論系の学問が得意な人は『質的』なものを極めていけばいいし、『量的』な学問が好きな人も同じ。
 そのためにはリソースが必要なので国がやれるのは学問に対してむしろ適切な報酬と待遇をちゃんと用意することなんじゃないかと。特に人文系の研究なんてお金がそんなにかからないし、そこを削るよりもっと削るべきところはいっぱいありますよね。むしろ少ない投資ですむコスパの良い分野だと認識して、いかに成長させるかを考えてほしいと思います!」

---不必要なものならここで発展しませんもんね、納得しかないです(笑)それでは、インタビューを終わらせていただきます!お忙しい中ありがとうございました!